T様より東大について

皆さんは、自分と言うかけがえのない存在の生きる人生の主人公です。子供のころから自分と向き合ってきました。うれしいこともありました。悲しくなることもあったでしょう。でも自分と言う存在から逃げなかったはずです。東大があるから皆さんがあるのではなく、皆さんの将来に東大はかかっているのです。人生をまがりなりにも生きてきた人ならば東大について語る資格があります。

東大があるから皆さんがあるのではなく皆さんの人生があるからこそ東大が輝いて見えるのです。

皆さんは東大を目指す分母の一つではないのです。

模試や成績の表し方は確かに1/12300や
あるいは6342/9854だったりしますね。だからと言って皆さんが1/Xの重みを持った多くの受験生のたった1の分母の一つではないのです。

人によってはストレートでなんとなく通る人、あるいは何年かかける人、途中でストップしてまたはじめる人いろいろです。だからと言って皆さんの人生の主人公は自分です。

自分が東大と言う大きな集団や関門の一員であるよりは

皆さんが人生の一コマとして東大を意識し、張り合ってみようと言う肯定的積極的意志にあふれているからこそ東大は初めて意味を持ってきて
輝いているように見えるのです。こんな成績じゃ全国の5,000の席に滑り込めないとかどう考えても無理だとかでなく

自分の人生だからこそ東大は意味を持つのです。人にすみません、すみません東大を目指している分不相応なものですがどうか見逃してください何年後かには通る予定でおりますのでわたしはあなた方に確かに負債をおっており、東大を目指すなどと言う不届きな事を考えているいけない存在で・・・

と考える必要は少しもありません。自分の心を制御できない人はいろいろ言います。
そう言う人は自分のこの大変な人生でもなかなかなのにおまえがとおるなどという可能性があるわけがないじゃないかとその人なりに判断しているのです。

でもその人は多くの場合、自分に都合のいいことがおこるとわれを忘れてそれに飛び込んでいき、喜び、自分に都合の悪いことがおこるとまわりの人に当り散らしたりするいわゆるかわいそうな人です。自分の人生の主人公が自分だとは気付いてない常に目の前の利益しか考えつかない人生の漂流者です。

東大の学生証と自分のたった一度の人生どちらが大きいですか?

だったら、もう迷う必要はなく、堂々と自分の人生の一部として東大を見てください。

はじめは見えなかったものが見えてくると思います。

当然東大に通ったらもう人生終わったも同然と不自然にふんぞり返る必要も、東大に通った自分を持て余して返って窮屈になったり、逆にプレッシャーに押しつぶされて人生棒に振ることもなくなると思います。

わたしは東大に受かりませんでしたがこの事実に気付くと何にも失っていないことに気付き、自分主体のたった一度の人生を送っていけると思っております。

自分と言う主体を度外視して空想で人生を考えてみるのはフェイクです。

東大に通ったら終わりという二十数年間で人生凍りついたら悲劇です。そう言う人は確かにいるのです。

(サトルさん、私は自分のメールが採用されることにうぬぼれてかなり、傲慢なスタンスを取っているかもしれないです。そんなときは遠慮せずそれは違うと言ってくださいね。その方がわたしも嬉しいのです。)





こんにちは、サトルです。
読者の皆様宛てのメールどうもありがとうございました。
高校生のみなさんにとって本当に貴重な内容だと思います。
東大に入ればそれで全て終わりと考えるのはとても悲しいことですね。
一人一人の人生は東大よりも大きくて価値のあるものだというお考えに大賛成です。
メールマガジンを読んでいる若者達もきっと大切なことに気が付いてくれると思います。
いつも貴重なご意見を本当にありがとうございます!

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