~不思議さいえんす・高校生物講座~ 【細胞の発見と細胞説(1)】
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~不思議さいえんす・高校生物講座~ 【細胞の発見と細胞説(1)】
長い間、「生命現象は物理や化学で説明できるのか、むしろ生命現象には、そう
した法則を破るような特別なものが含まれているのではないか?」という疑問が
存在していた。しかし、「生命の基本単位は細胞である」という考え方が確立する
ことで、生命現象にも法則性があって、生物学という”科学”を構築する事が可能
であるという意識が生まれていった。
<とりあえず年表>
1590年 顕微鏡の発明(蘭・ヤンセン父子)
1665年 細胞(cell)の発見(英・フック)
1674年 微生物や精子など生きた細胞の観察(蘭・レーウェンフック)
1831年 核の発見(英・ブラウン)
1834年 宇田川榕庵がcell を「細胞」と訳す。
1838年 植物細胞について細胞説を提唱(独・シュライデン)
1839年 動物細胞について細胞説を提唱(独・シュワン)
1858年 細胞説の確立(独・フィルヒョー)
<ちょっとトリビアな解説>
1590年頃と言えば、日本では豊臣秀吉が天下を統一し、ヨーロッパでは
スペイン無敵艦隊が全滅して、スペインが衰え始めた頃で、この頃、オランダ
のヤンセン父子が虫眼鏡を組み合わせて、初めて顕微鏡らしきものを作った。
そのため、今まで見ることができなかった微小なものが見えるようになった。
顕微鏡の発明からおよそ75年後の1665年、日本では徳川4代将軍・家綱
の時代だが、イギリスの物理学者フックが、自作の顕微鏡(倍率:約50倍)で
コルクの切片を観察し、それが蜂の巣のように多数の小箱からできている事
を発見して、その小箱を細胞(cell)と名付けた。
だが、彼が観察したものは、実は、死んで中身のない細胞の壁(細胞壁)に
過ぎなかったし、また生物の基本的なつくりとしての意識を持って細胞を見い
出したわけでもなかった。
ところで、この頃、イギリスの物理学者ニュートンが万有引力の法則を発見
しているのだが、ニュートンとフックと言えば、次のような話が残っている。
それは、ニュートンが、光の粒子説と波動説を巡るフックとの論争等を機に、
フックの存在を不快に思い続け、フックの死後、1703年に王立協会の会長に
就任すると、前会長のフックの肖像画を破棄し、フックが開発した科学機器も
全て処分して、フックの痕跡を完全に消し去ろうとしたという話だ。ニュートン
の、いやはや何とも執念深いことか。
<問題>
【1】 1665年にイギリスの[ ]がコルク切片を観察し、それは多くの小部屋
からなることを知り、1つ1つの部屋を「細胞」と命名した。
(1) 文章中の[ ]にあてはまる適当な人名を答えよ。
(2) 文章中に出てくる、コルク断片を光学顕微鏡で観察したとき、細胞の
どの部分が見えるか答えよ。
【2】 細胞に関する研究の進歩は、顕微鏡技術の発達と密接な関係があった。
17世紀に、フックは手製の顕微鏡でコルクの切片を観察し、〔コルクの内部
がたくさんの部屋に仕切られていることを見つけ、その部屋を”細胞”と名付
けた。〕
(問) 〔 〕でフックが”細胞”と呼んだ構造は、実際にはどのようなもので
あったか。〔 〕の部屋とその仕切りに関する記述として、最も適当な
ものはどれか。次の①~④のうちから一つ選べ。
① 部屋は中空で、その仕切りは、小さな細胞がたくさん集まったもの
でできている。
② 部屋に透明な細胞質がつまった、大きな1個の細胞である。
③ 細胞壁が厚く、液胞が発達した1個の細胞で、部屋の部分は液胞
である。
④ 1個の死んだ細胞でできており、原形質が失われているため、部
屋は中空である。
(センター試験)
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<解答>【1】 (1) フック (2) 細胞壁 【2】 ④
<解説>
【2】 ①仕切りは細胞壁なんだから、細胞なんかでできていない。
②③フックが観察したものは死んだ細胞である。
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